サイバー保険のカバー範囲と落とし穴
公開日:2025年10月 カテゴリ:中小企業向け実践ガイド
「サイバー保険に入っていれば安心」――そんな空気が広がっていますが、実は“保険は運用の代替になりません”。
被害額の一部を補填してくれるのは事実。でも、支払われないケースや免責・上限が原因で赤字になる企業は少なくありません。
本記事では、中小企業が押さえておくべきカバー範囲/支払い条件/よくある落とし穴を整理し、実務で使えるチェックリストと選び方のコツを提供します。
1. サイバー保険で一般的にカバーされるもの
商品名や約款は各社で異なりますが、多くの保険で共通する“カバー対象”は次のとおりです。
- 事故対応費用:デジタル・フォレンジクス、原因調査、復旧支援、外部CSIRT支援
- 通知・見舞金関連:個人情報漏えい時の通知費用、コールセンター、見舞金・お詫び品
- 第三者賠償:取引先・顧客からの損害賠償請求への対応(示談・弁護士費用含む)
- 営業停止による逸失利益:一定期間の売上減少を補填(支払基準・上限あり)
- 身代金・恐喝対応費用:ランサム要求への対応費(支払可否や条件は要確認)
- 広報・ブランド回復:危機管理PR、メディア対応、サイト告知対応など
2. 逆に“対象外”になりがちなもの
ここを誤解すると「入っていたのに払われない」悲劇が起こります。
- 重大な過失:初期パスワード未変更、MFA未実装、EOL製品の長期放置など
- 契約外システム:約款上の「補償対象外ネットワーク/端末」
- 物理的損壊:サーバの物理破損・自然災害(別保険領域)
- 罰金・制裁金:公的ペナルティは対象外のことが多い
- 経年劣化・設計不良:ソフト/ハードの欠陥そのものは対象外になりがち
- 継続的な運用コスト:恒常的な監視費用や人件費
結論:「基本対策をサボると免責」になりやすい。保険は“安全運転を続ける会社”を守る仕組みです。
3. 典型的な事故パターンと支払イメージ
| ケース | 主な費用項目 | 支払の傾向 | 落とし穴 |
| ランサムウェアで暗号化 |
原因調査、復旧、逸失利益、PR |
調査・復旧は支払対象が多い |
バックアップ不備・MFA未導入で減額/免責 |
| 誤送信による漏えい |
通知、コールセンター、見舞金 |
人的過失は対象のことが多い |
対象人数・単価の上限で不足しがち |
| 取引先への二次被害 |
賠償金、弁護士費用 |
第三者賠償条項がカギ |
契約上の賠償限度額を超過し赤字 |
4. 契約前に必ずチェックすべき8項目
- 免責条項:「MFA未設定」「脆弱性放置」などの免責条件を全文確認
- 支払上限:対物/対人/通知費/逸失利益など項目別の上限額
- 待機期間:営業損害が出ても「支払開始までの日数」
- インシデント定義:保険会社が“事故”と認める条件
- 対象範囲:自社・委託先・クラウドのどこまでをカバーか
- 事前の最低要件:MFA、バックアップ、パッチ適用、教育の有無
- 駆けつけ支援体制:24/365の一次受け・初動のSLA(何分以内?)
- 更新時の条件変更:支払発生後の翌年、条件が厳しくならないか
5. “保険で赤字”にならないための補償設計
補償金額は「最大損失額の想定」から逆算します。ざっくり算出フレームは以下。
- 売上損失:平均日商 × 復旧に要する日数(待機期間を考慮)
- 通知・見舞金:顧客・社員数 × 単価(封書/コール/見舞金)
- 外部対応費:フォレンジクス・PR・弁護士の想定工数
- 第三者賠償:主な取引先の要求規定や契約条項
加えて、バックアップ復旧力(RTO/RPO)で必要な「営業損害」の上限を圧縮できます。
つまり、技術的対策の強化は“保険料の最適化”にも効くのです。
6. よくある“落とし穴”トップ5
- 約款を読んでいない:免責・上限・待機期間を知らずに想定外の自己負担
- 委託先のミスがカバー外:委託先管理条項やクラウドの責任分界を未確認
- 年1回の見直しをしない:従業員数・顧客数が増えても補償額が昔のまま
- 事故受付の一本化がない:夜間に誰が通報するのか決めていない
- 基本対策を怠る:MFAなし・脆弱性放置で減額や不払いのリスク
7. 実装と運用:保険は“最後のネット”、土台はコントロール
保険の前提として、次の最低4点セットは必須です。
- MFAの全社適用:特に管理者・VPN・外部公開システム
- バックアップ&リストア演習:年2回の実復旧テスト
- パッチ運用:OS/ミドル/クラウド設定の定期点検
- 教育と演習:年1回の研修+擬似フィッシング
これらは保険の支払い条件を満たす意味でも、実被害を小さくする意味でも両方効きます。
8. ベンダー選定のポイント(見積依頼時に訊くべきこと)
- 初動SLA(受付〜専門家着手までの時間)
- 事故時に利用できる提携フォレンジクス企業の有無と実績
- 身代金対応の方針(支払可否・条件・法的チェック体制)
- 通知費・見舞金の単価設定と上限、対象人数の扱い
- 第三者賠償の範囲(委託先/下請け起因の取り扱い)
- クラウド/SaaS利用時の補償(マルチテナント事故の扱い)
9. 料金相場の目安(中小企業イメージ)
実務感覚のレンジ感(参考):
- 従業員30〜50名・顧客5,000件規模:年額30〜120万円(補償1,000万〜5,000万円)
- 従業員100〜200名・顧客2〜5万件:年額80〜300万円(補償5,000万〜1億円)
※ リスクプロファイル(業種・取扱データ・体制)により大きく変動します。
10. 事故時の“実動”フロー(テンプレ)
- 社内通報・保険窓口へ連絡(受付番号を取得)
- 初動の隔離(ネット遮断/EDR隔離)、ログ保全
- 社内対策本部の設置(役割分担:技術・法務・広報・営業)
- 外部CSIRT/フォレンジクスの受け入れ準備
- 関係者・顧客へのフェーズ配信(誤情報の拡散防止)
- 復旧後の再発防止計画と経営報告
まとめ:保険は“逃げ道”ではなく“立て直しの資金”
サイバー保険は、被害をゼロにする魔法ではありません。
重要なのは、基本対策で被害を小さくし、保険で“立て直す”という設計思想。
補償額と免責を正しく設計し、事故時の連絡・初動フローまでセットで整えておきましょう。
それが、最短で事業を守るための現実的な方法です。
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