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サイバーセキュリティ

SASEとは何か:ネットワークとセキュリティを再構築するクラウド時代のアーキテクチャ

クラウドサービスの普及、モバイルワーク、そしてゼロトラストの波。これらの変化によって、従来の「社内ネットワーク中心」モデルは根本的な転換期を迎えています。その中で注目されているのが SASE(Secure Access Service Edge) です。単なる新技術ではなく、「ネットワークとセキュリティをクラウドで融合する」という考え方。この記事では、SASEの仕組み、構成要素、導入メリット、そして実際に企業が直面する課題と対応策を、現場目線で解説します。


1. なぜSASEが必要になったのか

かつて企業のIT環境は明確でした。ユーザーは社内にいて、アプリケーションはデータセンター内、通信はファイアウォールを通過し、VPNで遠隔地からアクセスする。いわば「堀と城壁」モデルです。

しかし今、アプリの多くはSaaSとしてクラウド上にあり、従業員はオフィス・自宅・出張先・カフェなど、あらゆる場所からアクセスします。さらに、取引先や委託業者、IoTデバイスまでもがネットワークに接続する時代。つまり、境界線が存在しない環境でデータが動き続けています。

この変化に対し、従来型VPNやファイアウォールだけではセキュリティを担保しきれません。回線の輻輳、複雑な経路制御、可視化の難しさ、セキュリティ製品間のポリシー不整合など、現場では日々運用コストが膨らんでいます。SASEは、この問題を「クラウドで一元的に解決する」という思想から生まれました。


2. SASEとは何か:その定義と中核思想

Gartnerが2019年に提唱したSASEは、ネットワーク機能(SD-WANなど)とセキュリティ機能(SWG・CASB・ZTNA・FWaaSなど)をクラウドサービスとして統合提供する仕組みです。ユーザーがどこから接続しても、近くのクラウドエッジ(PoP:Point of Presence)で暗号化・認証・検査・制御を行うことで、安全で最短経路のアクセスを実現します。

言い換えれば、SASEは「ネットワーク性能とセキュリティ強度を両立させる新しい境界(エッジ)」です。物理的な防壁をクラウド上の仮想境界に置き換えた、と考えると理解しやすいでしょう。


3. SASEを構成する主要要素

以下の5つが、SASEを支える主要技術です。

これらの機能を統合的に管理することで、「誰がどこから何にアクセスしても安全」という状態を、クラウドを介して維持します。

それぞれの機能については別の記事でそれぞれまとめています。そちらも合わせて読んでみてください!


4. SASEの導入がもたらすメリット

① 一貫したセキュリティポリシーの適用

従業員が社外からSaaSを利用しても、社内と同じセキュリティポリシーが自動的に適用されます。VPN依存から脱却し、アクセス制御をクラウドで一元管理できます。

② 運用の簡素化と可視化

ネットワークとセキュリティの設定を統合管理できるため、運用負荷が減り、ログの統一分析・脅威検知が容易になります。複数の製品を跨いだ設定ミスや二重対策も防止可能です。

③ パフォーマンス向上

PoP(エッジ)で最適経路を選び、トラフィックをローカル処理できるため、従来の「データセンター経由VPN」のような遠回り通信がなくなります。

④ スケーラビリティとコスト効率

クラウド提供型のため、拠点やユーザーが増えてもハードウェアの増設が不要。サブスクリプションで段階的に拡張でき、ROIも高い傾向にあります。

⑤ ゼロトラスト基盤の実現

SASEは「誰も信頼しない」を前提にアクセス制御を行うゼロトラストの実装基盤として最も有力な構成の一つです。SASEを導入することで、ゼロトラストネットワークを実務的に実現できます。


5. 実際の導入で直面する課題

① 段階的移行の必要性

オンプレミスからSASEへの完全移行には時間がかかります。最初はSD-WANやSWGだけ導入し、既存VPNやFirewallとハイブリッド運用を続ける期間が必要です。

② プロバイダ依存とマルチベンダ統合

「フルSASE」を謳うベンダーは増えていますが、すべての要素を一社で完結できるケースはまだ多くありません。SD-WANをA社、CASBをB社というように組み合わせた運用では、統合ポリシーやログの整合が課題になります。

③ ネットワーク遅延・PoP配置

エッジサーバー(PoP)の物理的な配置と通信品質は、ユーザー体験に直結します。特にグローバル展開する企業では、SASEベンダーがどの地域にPoPを持つかを事前に確認する必要があります。

④ 組織内の役割整理

SASEは“ネットワーク”と“セキュリティ”の融合。つまり、ネットワークチームとセキュリティチームの境界をまたぐ存在です。この連携が取れていない企業では、導入後の責任範囲が曖昧になり、運用が止まります。

⑤ ログ運用と可視化

トラフィック制御、認証、脅威検知など、膨大なログがSASE上で発生します。これをSOCやSIEMと連携し、脅威ハンティングや事後分析に活かせるように設計しておくことが不可欠です。


6. SASE導入を成功させるステップ

  1. ① 現状可視化:既存ネットワーク構成、アクセス経路、クラウド利用状況、既存セキュリティ対策を棚卸し。
  2. ② 優先領域の特定:たとえば「リモートアクセス最適化」「クラウド利用の可視化」など、課題ベースで小規模導入を設計。
  3. ③ パイロット導入:特定拠点または部門単位でPoCを実施。性能・ポリシー連携・管理UIを検証。
  4. ④ 段階展開:成功事例を踏まえて、SD-WAN → SWG → ZTNA → CASB → FWaaS の順に拡張。
  5. ⑤ 運用最適化:ログ分析、アラートチューニング、自動化(SOAR連携)などで運用を成熟させる。

7. これからの展望:SASEからSSEへ

近年では、SASEの中でもセキュリティ機能部分に焦点を当てた「SSE(Security Service Edge)」という概念も注目されています。SSEは、ネットワーク機能(SD-WAN)を除き、SWG・CASB・ZTNAを中心としたクラウドセキュリティ機能を提供するモデルで、より導入しやすい“ミニマムSASE”として採用が進んでいます。

また、AIによる脅威検出・トラフィック最適化、自動ポリシー調整なども進化しており、今後SASEは単なるセキュリティ基盤ではなく、「自律型ネットワーク・セキュリティ統合基盤」へと進化していくと考えられます。


8. まとめ:SASEは“統合の哲学”

SASEの本質は技術ではなく「統合の哲学」です。ばらばらだったネットワークとセキュリティを、場所や端末を問わず一貫して保護できる仕組みに再構築する。これにより、セキュリティと利便性の対立を超え、クラウド時代にふさわしい“動的な境界”を実現できます。

次回の記事では、SASEの中核を成す「SD-WAN」について、従来WANとの違い、経路最適化技術、セキュリティ統合の観点から掘り下げていきます。