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サイバーセキュリティ

製造業を守るセキュリティ戦略――生産ラインと企業活動を守るための新常識

製造業は「止められない」産業です。工場のラインが停止すれば、数分で数百万円単位の損失が発生することもあります。 近年では、ランサムウェアやサプライチェーン攻撃の被害が製造現場にも波及し、製品出荷の停止や取引停止といった深刻な事態を引き起こしています。 本記事では、製造業の特性に合わせたセキュリティの考え方を整理し、経営と現場の両面から「どう守るか」を具体的に解説します。

1. 製造業が狙われる理由

製造業がサイバー攻撃の主要ターゲットになっているのは偶然ではありません。 攻撃者の狙いは「金銭・技術・供給網」です。製造企業は設計情報・製品仕様・工程データなどの知的財産を多く抱え、加えて「止まれば損失が大きい」という構造上の弱点があります。 このため攻撃者は、金融業のように即金化しづらくても、停止を人質に取るタイプの攻撃(ランサムウェア・DoS・OT侵入)を仕掛けるのです。

2023〜2025年にかけては、国内でも自動車部品・電子部品・食品加工メーカーなどが相次いで被害を受けています。サプライチェーンの一社が攻撃されるだけで、数十社に影響が波及するケースも珍しくありません。

2. 製造業のセキュリティを難しくしている構造的要因

3. 製造業におけるセキュリティの3階層モデル

実務的には、製造業のセキュリティは以下の3階層で整理するとわかりやすいです。

(1) 経営層・管理層レイヤー(Governance)

経営視点では、セキュリティを「コスト」ではなく「経営リスク管理」として扱うことが重要です。 取引先や国際規制(例:NIST SP800-171、ISO/IEC 27001、Cybersecurity Maturity Model)への準拠は、輸出入・調達の条件にも直結します。 対策としては以下のようなステップが有効です。

(2) 工場・制御ネットワークレイヤー(OT Security)

OT(Operational Technology)領域は製造業特有の要であり、ここでの対策が最も難しく、同時に最も効果的です。 一般的なセキュリティツール(EDR、SIEMなど)は導入しづらいため、OT特化の対策が必要です。

(3) エンジニア・現場運用レイヤー(Human & Process)

最後に、人とプロセスの視点です。現場でのセキュリティ教育が欠けていると、USB感染や不審メール経由での侵入が依然として多発します。 製造業の現場では「IT的な禁止」より「運用上の現実解」を設計することが成功の鍵です。

4. サプライチェーン全体での防御と可視化

近年の製造業では、自社がどれほど対策しても、取引先1社の脆弱性が全体のリスクになるケースが増えています。 このため、サプライチェーン全体を“見える化”し、共通の基準で評価する取り組みが進んでいます。 例えば、経産省の「サプライチェーンセキュリティ評価制度」、経団連の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」、NIST CSF(Cybersecurity Framework)などはその代表例です。

製造業では、サプライヤー監査・取引条件・セキュリティスコアカードの活用などで、協力企業との信頼を可視化する動きが加速しています。 これにより、攻撃の入口を減らし、全体として強靭なネットワークを構築できます。

5. 今後の方向性:ゼロトラストとスマートファクトリーの融合

2025年以降の製造業セキュリティは、「ゼロトラスト」と「スマートファクトリー」の統合が鍵を握ります。 これまでの「信頼された工場ネットワーク」を前提とする考え方から、「全ての通信を検証する」モデルへと進化します。

また、サイバーセキュリティを「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の一部として位置づけることが重要です。 製造現場の効率化・自動化を進めるほど、攻撃リスクも増大します。セキュリティは“制約”ではなく、“継続的に生産を守るための設計思想”として組み込むことが、今後の製造DX成功の条件です。

参考・出典