公共行政向けセキュリティモデルの変遷と最新「α′(アルファプライム)」モデルへの展望
自治体・政府機関・公共インフラを運営する組織にとって、セキュリティは単なるIT部門の課題ではなく、行政運営そのものや市民の信頼を支える重要な基盤です。
そのために、多くの公共機関では「セキュリティモデル(運用・制度・技術の組み合わせ)」を時代と共に進化させてきました。本記事では便宜的に「αモデル」「β′モデル」「α′モデル」という呼称を用い、各モデルの採用価値・実装手順・注意点を整理し、最後に今後の公共セキュリティの方向性を探ります。
第1章 αモデル:体制構築と基本防御のフェーズ
採用価値
初期の公共セキュリティモデル、ここでは「αモデル」と呼びます。これは、まず「セキュリティ部門/責任者(CISO相当)を明確化」「基本方針・規程の整備」「パッチ適用・アクセス制御・ウイルス対策」といった基盤防御の構築に重点を置いたモデルです。
自治体や公共機関において、例えば情報漏えい・ランサムウェア被害がメディアで報じられるなか、まずこの基盤を整備することでリスクを可視化・低減できるというメリットがありました。
実装手順
- 経営層・行政トップによるセキュリティ方針の承認(目的・範囲・責任・例外ルールを明記)。
- セキュリティ責任体制の整備:CISO/情報セキュリティ委員会/推進担当を定め、RACI(責任分担表)を作成。
- 重要資産(端末・サーバ・クラウドサービス・委託先)を洗い出し、台帳化。ラベル(高・中・低)を付与。
- 標準運用を定義し、パッチ適用・ウイルス対策・アクセス制御のルールを策定・展開。
- 最低限のセキュリティ教育(職員向け)を開始し、ログ・監査の初期フローを構築。
注意点・課題
- “基盤セットアップ”フェーズに偏ると、「脅威の変化」や「運用の成熟化」を見逃す可能性あり。例えば、攻撃者の手法が変わっているのに、防御モデルを変えないと追いつけません。
- 委託先管理・クラウドサービスなど、公共機関特有の多層構造を十分に設計できないと“見えない資産”が攻撃対象に残ります。
- 教育や定期検証がセットになっていないと「やっただけ」状態になり、後から運用が追いつかず形骸化するリスクがあります。
第2章 β′モデル:運用成熟化と検知・対応の強化フェーズ
採用価値
αモデルの基盤を整えたうえで次に進むのが「β′モデル」です。この段階では「防御だけでなく、検知(Detect)・対応(Respond)」の仕組みを整え、運用として“使える”セキュリティにステップアップします。公共機関では「住民窓口サービス停止」「情報提供遅延」「災害対応システム被害」といった影響リスクも大きいため、攻撃・障害発生後の体制強化が極めて重要です。
実装手順
- ログ収集・監視体制を構築:クラウド/SaaS/ネットワーク/端末ログを集約。ダッシュボード化。
- アラートルールを設定(例:夜間管理者アカウントのアクセス、MFA失敗、急激なダウンロード等)。
- インシデント対応計画を策定:定義(何をインシデントと呼ぶか)、初動手順、役割連携、情報公開フロー、訓練手順を含む。
- 復旧(Recover)フェーズも視野に:バックアップポリシー・RTO/RPO設定・定期復旧テストを実施。
- 運用指標(パッチ適用率、MFA対象率、検知〜隔離時間、復旧成功率)を設定し、定期レビューを実施。
注意点・課題
- ログ/監視を導入しても「誰が見ているか」「何をしているか」が曖昧だとアラートの山に埋もれます。フィルタリング・運用フローの明確化が必須です。
- 対応計画が“紙面だけ”だと実際のインシデントで機能しません。定期訓練・演習を怠らないことが鍵。
- 公共機関では災害・停電・通信途絶など非サイバー的な障害シナリオも併せて設計すべきです(=物理/組織対応も視野に)。
第3章 α′モデル:統合運用と継続改善フェーズ
採用価値
最新フェーズを「α′(アルファプライム)モデル」と呼びます。これは、α/β′で整えた機能を基盤に、セキュリティを“日常運営の中に組み込む”段階です。具体的には、リスクベース運用、サプライチェーンセキュリティ、クラウドネイティブ環境/ゼロトラスト運用、AI/自動化ツールによる検知・対応の高速化、そして“継続改善(PDCA)”が中心です。公共機関においては、行政サービスの変革(DX)・クラウド化・ハイブリッド運用が進む中、セキュリティモデルも動的かつ統合的に変化する必要があります。
実装手順
- リスクベースアプローチを導入:資産・脅威・影響の観点で優先順位をつけ、リスクストレージ・リスク許容度を定義。
- サプライチェーン可視化:外部委託・クラウドサービス・IoT機器・民間パートナーを含めた「委託先・契約・SLA・セキュリティ条項」管理を強化。
- ゼロトラスト設計の推進:アクセス制限は「信頼せず検証せよ(Never trust, always verify)」を原則に、条件付きアクセス/最小権限/マイクロセグメンテーションの設計。
- 自動化・高速化の導入:EDR/XDR、SOAR、サイバー演習の自動化など、運用負荷を削減しつつ応答時間を短縮。
- 継続改善サイクルの実装:KPI/KRIを設定し、定期レビュー・改善項目の反映・次期計画へ回す。外部監査・第三者レビューも併用。
注意点・課題
- 高度化・統合化すると、運用負荷や専門人材の確保が課題になります。公共機関は予算・職員体制に制約があるため、段階的な導入が現実的です。
- クラウド・外部委託パートナーが増えるほど「制御外リスク」が拡大。契約・監査・監視体制をセットで整備する必要あり。
- 自動化ツールを入れたが運用設計が追いついていない、という“箱だけ導入”状態になりがち。人+プロセス+技術のバランスが重要です。
公共機関におけるモデル選択と移行の視点
公共機関では、モデルを「どこから手を付けるか/どこまで進めるか」が非常に重要です。小規模自治体ではまずαモデルを確立し、次にβ′モデルへの移行を視野に入れ、最終的にα′モデルへの道筋を描くのが現実的でしょう。
また、モデル移行にあたっては次の視点が役立ちます:
- 資産の棚卸とラベリング:まず“何を守るか”を明確にする。α段階で資産台帳とラベル化を行わないと、その後の運用が迷走します。
- 運用体制の整備:β′段階では「誰が」「いつ」「何を」「どう対応するか」のフロー整備が鍵。RACIや演習の定期化が効きます。
- 権限と委託の管理:α′段階では、委託/クラウドサービスが必ず絡んできます。契約条項にセキュリティを含め、監査可能な体制を組むことが必要です。
- 継続改善の文化:静的な“設定して終わり”ではなく、定期レビュー・外部環境変化・攻撃手法変化に応じて“変化・適応”できる組織が強いです。
今後の注目トピック
公共セキュリティモデルは次のような方向へ進むと考えられます:
- 「ハイブリッド運用・クラウドサービス活用」と「オンプレ資産のレガシー化対応」の並行管理。
- 「サプライチェーン攻撃/ソフトウェア・コンポーネントの脆弱性」が公共も例外ではなく、委託先・ベンダー管理が一層厳格化。
- 「ゼロトラスト/サービス間のマイクロセグメンテーション/IDファースト設計」の普及。
- 「AI・自動化を使った検知・対応」の普及。しかしその反面「AI自身が攻撃対象になる」リスク(プロンプト注入など)にも備える必要があります。
参考・引用
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